東京高等裁判所 昭和50年(ラ)257号 決定 1976年2月23日
抗告人 宮澤正衛
右訴訟代理人弁護士 合田勝義
同 吉村節也
相手方 酒井宏侑
主文
原決定を左のとおり変更する。
前橋地方裁判所高崎支部執行官只木次郎が東京法務局所属公証人中兼謙吉作成昭和四五年第三、九四四号公正証書の執行力ある正本に基づく相手方の強制執行申立および保管替申請により、昭和五〇年四月二一日、抗告人保管中の別紙目録(1)ないし(47)記載の有体動産についてなした保管替の執行はこれを許さない。
抗告人のその余の異議申立部分はこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも相手方の負担とする。
理由
一、本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。
二、本件記録(執行官から取り寄せた各執行記録を含む。以下同じ)によれば左の事実が認められる。
(一) 前橋地方裁判所高崎支部執行官只木次郎は、相手方を債権者、抗告人を債務者とする東京法務局所属公証人中兼謙吉作成昭和四五年第三、一八一号(以下、作成者および作成年度が同じなので、番号のみにより示す)公正証書の執行力ある正本に基づく相手方の強制執行申立により、昭和五〇年三月七日、抗告人の肩書住所地において、抗告人の占有にかかる有体動産計五七点(別紙目録(1)ないし(27)記載の計二七点およびその他に三〇点)を差し押え、相手方の承諾により、抗告人にその保管を任せたところ(なお、右三〇点のうちの一〇点については、その後第三者異議の訴が提起され、それに伴う強制執行取消決定によってその差押が解除された)、これに対して抗告人が請求異議の訴を提起し、同年三月二〇日強制執行停止決定を得たので、同日同執行官は右執行の停止の手続をなした。
(二) 次いで同執行官は、サガミ化成工業株式会社(相手方がその代表取締役である)を債権者、抗告人を債務者とする第三、九四五号公正証書の執行力ある正本に基づく同会社の強制執行申立により、同年三月一七日、右同所において照査手続をなし、抗告人の占有中の有体動産計二九点(別紙目録(28)ないし(47)記載の計二〇点およびその他に九点)を新たに追加して差し押え、同会社の承諾により、抗告人にその保管を任せたところ(なお、右九点のうちの一点については、その後第三者異議の訴が提起され、それに伴う強制執行取消決定によってその差押が解除された)、これに対して抗告人が請求異議の訴を提起し、同年三月二〇日強制執行停止決定を得たので、同日同執行官は右執行の停止の手続をなした。
(三) さらに同執行官は、サガミ化成工業株式会社を債権者、抗告人を債務者とする第三、一八二号公正証書の執行力ある正本ならびに株式会社日本公害化学研究所(相手方がその代表取締役である)を債権者、抗告人を債務者とする第三、九四五号公正証書の執行力ある正本に基づく右両会社の各強制執行申立により、同年四月一二日、右同所において照査手続をなし、抗告人の占有中の有体動産二八点を新たに追加して差し押えた。なお、右両会社は、右強制執行の申立に際し、照査物件を高崎倉庫株式会社に保管替されたき旨の保管替申請をしたが、同執行官は、その必要はないものと認めて右申請を容認せず、右追加差押物件については「運搬するのに困難」との事由に拠ってこれを抗告人の長男宮沢正宣の保管に任せた。他方これに対して抗告人が請求異議の訴を提起し、同年四月一八日強制執行停止決定を得たので、同日同執行官は右執行の停止の手続をなした。
(四) 以上の差押物件に関し、同執行官が同年四月一八日抗告人の肩書住所地に臨んでこれを点検したところ、抗告人によるその保管の状況に何ら異常は認められなかった。
(五) さらに同執行官は、相手方を債権者、抗告人を債務者とする第三、九四四号公正証書の執行力ある正体に基づく相手方の強制執行申立により、同年四月二一日、右同所において照査手続をなし、抗告人の占有中の有体動産一五点(別紙目録(48)ないし(50)記載の計三点およびその他に一二点)を新たに追加して差し押えたが、右強制執行の申立に際し相手方から、照査物件を高崎倉庫株式会社に保管されたき旨の保管替申請がなされたので、右申請を今回は一部容認することとし、照査物件のうち別紙目録(1)ないし(47)記載の計四七点ならびに右当日の追加差押物件のうち別紙目録(48)ないし(50)記載の計三点につき抗告人の保管を解いてこれを高崎倉庫株式会社下佐野営業所の倉庫へ搬入し同所にこれを保管した(右追加差押物件のうちその余のもの(いずれも庭の立木)は抗告人にその保管を任せた)。
三、よって考察するに、債務者の占有中にある有体動産の差押は執行官がその物を占有してこれをなすべく、債権者の承諾あるとき又はその運搬をなすにつき重大なる困難あるときはこれを債務者の保管に任すべきものとされている(民訴法五六六条)ところ、債権者の承諾により一旦債務者の保管に任せた物については、執行官は以後みだりに保管替をすべきものではないのであって、債務者にそのまま保管の継続を許すときは差押の目的を達しがたい結果となる虞があるものと認められる場合など相当と認められる事情がある場合でない限り、たとえ右差押債権者ないし照査債権者からの要請があっても、債務者の保管を奪ってこれを他へ保管替することは違法であり、許されないと解すべきである。
本件において、差押債権者の承諾により一旦債務者たる抗告人の保管に任せた別紙目録(1)ないし(47)記載の計四七点の物件に関し昭和五〇年四月二一日抗告人の保管を解いてこれを他へ保管替した前示執行官の執行措置についてみると、本件記録を精査しても、右の措置にあたり抗告人による右物件の保管の状況に異常があったとは認められず、むしろ何ら異常がなかったことが明らかであって、抗告人にそのまま保管の継続を許しても差押の目的を達するのに支障を生ずる虞はなかったものと認められ、他に相当とすべき事情も認められないので、執行官のなした右保管替の執行は違法であるといわなければならない。
しかし、別紙目録(48)ないし(50)記載の計三点の物件については、前示のとおり執行官が照査手続に際し新たに追加して差し押えたものであって、債務者たる抗告人の保管に任すことにつき照査債権者たる相手方の承諾がなかったものであって、他に特段の事情の認むべきものもないから、これを抗告人の保管に任せることなく高崎倉庫株式会社下佐野営業所の倉庫へ搬入し同所にこれを保管した同執行官の措置が直ちに違法であるとは認められない。
四、以上の次第で、抗告人の本件異議申立は別紙目録(1)ないし(47)記載の物件について執行官がなした保管替の不許を求める限度において理由があるがその余は理由がないというべきところ、これを全部棄却した原決定は一部失当であって本件抗告は一部理由があるので原決定を右の趣旨に従い変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条に則り主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 江尻美雄一 裁判官 滝田薫 桜井敏雄)
<以下省略>